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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2287号 判決

原告 KK今泉清商店

右代表者 今泉清九郎

右訴訟代理人弁護士 堀川多門

被告 大地良正

右訴訟代理人弁護士 岩間幸平

主文

原告が特許番号第一九七九三一号プラスチツクフイルムの高周波による同時接着裁断法なる特許権につき昭和二十八年六月二十八日附許諾契約に基き空気入ビニール製玩具の販売に関する実施権を有することを確認する。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告主張の前掲発明につき日本高周波が昭和二五年十一月十五日特許出願をなし昭和二十七年三月四日出願公告、昭和二十八年一月二十二日査定の各手続を経て同月三十一日日本橋高周波の名で特許権(特許番号第一九七九三一号)の登録がなされ次で同年四月一日被告のため同年三月二十二日附譲渡による特許権移転登録がなされたことは当事者間に争がない。

しかして被告が昭和二十八年六月二十八日附契約を以て原告に対し右特許発明につき空気入ビニール製玩具販売の範囲で実施を許諾したことに被告の認めて争わないところである。

原告は右契約が日本高周波から原告に与えた発明実施許諾を確認したものであつてその範囲に右玩具の製造を含み且つ独占的実施の約款を具えたものである旨を主張するので考えてみると石上延治が昭和二十七年十二月前後原告会社代表取締役であつたこと、右石上が同月中今泉工業の代表取締役に就任し本件発明につき同月二九日日本高周波から今泉工業を実施権者と表示した実施許諾に関する契約書類の作成交付を受けこれに基き昭和二十八年二月二十七日同会社の商号を変更した石上(株)のため実施権設定の登録を経由したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第十四号証によれば右発明実施の許諾は空気入ビニール製玩具の製造を以てその範囲としたことが認められるところ証人吉田晴の証言およびこれにより真正に成立したものと認める甲第二乃至第五号証、証人繞田敏明、同小池勝男の各証言及びこれにより真正に成立したものと認める甲第六号証の一、二、右甲第三号証との対照によりその原稿たることが窺われ且つその万年筆記入部分が被告の自筆たることに争のない甲第十三号証を綜合すれば原告はビニール製玩具等の製造、販売を営むものであるが本件発明が当時実施中の右玩具製造方法に類似するので日本高周波の特許出願に対し代表取締役石上延治においてその個人の名で特許異議の申立をなしたこと、しかして同人は原告のため日本高周波と示談交渉中原告会社の製造部門を営む姉妹会社たるべく設立した今泉工業のため前記実施権の設定を受けて特許異議の申立を取下げたが、昭和二十八年一月中原告会社の取締役を辞任し今泉工業の経営上原告との連携を断つたこと、これがため原告はその営業として空気入ビニール製玩具の製造、販売の実施を継続するにつき、たちまち本件特許権との牴触問題に直面するに至つたので石上延治の背信行為を責め同年三月二十六日附書面を以て同月末日までに日本高周波との発明実施許諾に関する契約書類の引渡並びに特許原簿上実施権者の名義変更をなすべく請求し、石上が応じないところから日本高周波に泣訴しその協力を得て石上に抗議を重ねる一方特許権者たる被告に石玩具製造、販売の実施許諾方を懇請したこと、しかして被告はその間において今泉工業に対する前記発明許諾が今泉工業を以て原告会社のいわば分身として与えられた事実を承認し、日本高周波から石上に抗議することに同意するところがあり越えて同年六月二十八日日本高周波の斡旋により原告に対し本件発明実施許諾を与えたものであることが認められる。しかしながら前記各証人の証言中右認定を出でて今泉工業の発明実施権は契約書類並びに特許原簿上の表見的なものであつて実質的には原告に帰属すべきものである旨の原告の主張事実が匂わせる供述部分は後顕証拠に照しにわかに措信し難く、他に原告の右主張を肯認するに足る証拠はない。従つて右事実の存在を前提とし原告に対する本件発明実施許諾が既往のそれを確認したものである旨の原告の主張は理由がない。さればとてこの点と離れ右発明実施許諾自体の内容に立入つて考えても右証言中右契約は発明実施の範囲に前記玩具の製造を含み独占的事業たらしめる約款を具えた旨の原告の主張事実に符合し、なお甲第七号証(右契約の草案)は被告の約諾したところ認めたものである旨の供述部分はこれ亦後顕証拠と対比してたやすく措信し能う限りではなく、従つて甲第七号証もいまだこの点の証拠となし難い。しかしてその他原告の右主張を肯認するに足る証拠はない。むしろ被告本人尋問の結果によれば被告は日本高周波の依頼に基き石上延治と交渉し同人の特許異議を取下げさせるため日本高周波から今泉工業に対する発明実施の許諾を成立させたものであるが、原告と今泉工業改め石上(株)との紛争にあたり日本高周波が石上延治に抗議をなすことに同意するについても今泉工業が原告会社の分身として右発明実施許諾を受けながら原告との経営上の連携を断つた点に非難の向があつても右契約自体にはなんらの瑕疵がないという建前を貫いたこと、これから推しても明らかなように原告に対する本件発明実施許諾は被告において石上(株)の発明実施権が実質的には原告に帰属すべきことを承認のうえこれを前提としてなしたものではないのみならず、かえつて日本高周波の仲介により原告から改めて実施権設定の懇請を受けたのでもともと本件特許権を日本高周波から無償譲渡を受けた関係を顧慮して右懇請を容れたものであること、すなわち日本高周波に対しては右特許発明の全面的実施をも許諾せざるを得ないところから原告及びその下請工場たる日本電波による前記玩具の製造販売に支障なからしめるため日本高周波に与うべき実施許諾を割愛して原告等に与える考方に立脚し原告から日本高周波に実施料を支払わせる条件のもとに日本高周波の諒解を得て日本電波に右玩具製造の範囲で、原告に右製品販売の範囲でそれぞれ本件特許発明の実施を許諾したに止まること、従つて右発明実施を以て原告等の独占事業たらしむべき約款を設けるには至らなかつたことが認められる。もつとも成立に争のない甲第八号証(昭和二十八年七月十五日附発行のプラスチツク新報)、同第九号証の一、二(被告から株式会社松坂屋に対する同年十一月十日附通告)、同第十三号証の一、二(被告から原告に対する同月十七日附回答)によれば被告は当時右玩具販売の実施を原告に限つて許諾していたことが認られるがそれだけではもとより前記認定を覆して原告独占の約定を推認するに足りない。

果してそうだとすれば原告は本件特許発明につき昭和二十八年六月二十八日附許諾契約に基き空気入ビニール製玩具の販売に関する実施権を有するものというべきところ被告が右発明につき東日本高周波ビニール協同組合のため実施権を設定のうえ原告に対し右組合えの加入及び証紙の貼用を求めたことは当事者間に争がないから原告の右実施権の存在につき紛争があるというべきであつて訴を以てこれを確認する利益があるものと考えるのが相当である。

しかしながら特許発明の実施権は特許権者に対し当該発明の実施を容認すべきことを請求する権利であつて一種の債権と解すべきであるから実施権を与えた特許権者は特約がない限り登録義務を負わないものと解する外はない。

よつて本訴請求は被告との間において本件玩具販売の範囲で原告が実施権を有することの確認を求める限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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